2017.10.12 09:48|旅行記〜ベトナム
ベトナム旅 in ハザン省&サパ
2017.9.14~9.22


私たちつきひほしのメンバー+フォトグラファーの小澤氏とで、ベトナム北部の村々を訪ね、手仕事のある暮らしを垣間見てきました。今回初めて訪れたハザン省は、まだあまり観光地化されず少数民族たちが普段の暮らしを送るエリア。ハザンの代名詞とも言えるカルスト地形のドンバン高原は、どの景色を切り取っても美しく、映画アバターのような世界が目の前に広がっていました。



あまりの美しさに車を停めては感嘆し、なかなか道を進めないほどでした。




初日に泊まったブラックザオのホームステイ先は、ツーリストの受け入れ体制が万全で、とても快適に設えられた空間でした。
その夜は恒例の少数民族のおもてなし。ハッピーウォーターを何杯も一気飲みさせられ、なんとも楽しい夜になりました。あんなに飲んだのに、自家製のお米やトウモロコシのお酒は一切悪酔いなし。

翌日、ハザン2日目は曇り空でしたが、霧の立ち込める朝の山々がとても幻想的でした。モン族の手織りの工房も訪ね、全て手作業でベトナムの奥地とは思えぬクオリティで製品を作っておりました。

尊い手仕事。こだわりぬいた染め、織り。この工房では全て自然のモノで作られています。
鮮やかな赤や黄色、紫、緑の布も、すべて草木染めで、その工程は47にも及ぶほど。

染料となる植物を紹介して頂きましたが、その辺の草木根なので、英語でもベトナム語でも名前がわかりませんでした。。。

工房を運営していくために、外部の意見も取り入れニーズを汲み取り、こんな山奥の工房で、と思うほどセンスの良い製品を生み出しています。応援したくなる工房です。


そんな手仕事の工房で着ている服はみな化繊の普段着。
ここハザン省は中国とほど近く、中心の街周辺は道路も整っているために、外部から多くのモノが流入しています。そのため多くの民族衣装はほぼ化繊に変わっていました。


そのままの暮らし=オーセンティックではない現実。手織りや手染め、手仕事で作られたオーセンティックな衣を求める私たちにとって、化繊の民族衣装は心に全く響かず。。。
けれども、毎週日曜に立つマーケットに集まる少数民族たちのあの着こなし、センス!しまいには化繊でも可愛い、格好いいとファッションチェックをするほどに。

化繊のプリーツスカートの裾が歩くたびにひらひらと揺れるその姿が、とても可愛いらしく見えてきて、

重いヘンプのプリーツスカートより、軽くて扱いやすい化繊のプリーツスカートの方が、日常着としてはたしかに良いのかも、ですね笑。

そうしてだんだんと、その選択をした彼らの暮らしをそういう選択をした結果、と受け入れている私たちがいました。


でもね、マーケットにいるモン族の女性たちの手元は、みんなヘンプを績んでいました。聞いたところ、冠婚葬祭用に作る文化はまだ残っているそうです。ほっ。


写真は山奥の集落で、モン族の女性たちがヘンプを太陽の光に晒し、白くしているところの図。


日常のこういった光景が、美しいですね。



そして、ハザン省最終日は、3日目に滞在した村からさらに奥地へと、でこぼこのオフロードを進みます。サパまで途中休憩などを含め11時間!!ガイドさんはもうヘロヘロです。眠気覚ましのレッドブルを何杯飲んだことか。。ありがとうを何度言っても足りません。

この時期の山肌に連なる棚田は、一面黄金色に色づきます。

黄金色の棚田で、濃紺色の民族衣装を身に纏い稲刈りする姿は、ナウシカの『金色の野に降り立つ、蒼き衣を纏いし者』あの場面を彷彿させます。


毎年この時期に訪れているのは、その光景に目に焼き付け、願わくば我が身をそこに置いてみたく、収穫の時期を迎える時期を選んで訪れていました。
しかし自然相手のためなかなかその機会に恵まれず、今回やっとその機会が巡ってきたのでした。

今回の旅で一緒に同行したフォトグラファーの小澤氏が、車を停めてくれるので、いつもなら通り過ぎてしまう景色も、その中に投じることができました。ありがたいです。


この美しい光景。
手招きして棚田に招き入れてくれる
人懐こい村の人々の笑顔。
忘れられません。

またまた心惹かれて止まない人たちが増えてしまいました。

このブラックザオ族が住む村は、物理的にアクセスし難く、そのため村の暮らしは自立せざるを得ず、服も自給する他ないわけです。
そういう訳で、今もなお昔のような暮らしが残っているのです。

けれども携帯も持っているし、あの人懐こい笑顔。みんなとてもしあわせそうでした。


物流の発達で外からのモノが入りやすく、民族衣装は化繊に変わり、民族衣装を脱ぐ人も多くなるエリア。

けれども昔ながらの手仕事によるオーセンティックな民族衣装。結婚式などのために手作りする習慣は残り、マーケットでみなこぞってヘンプの糸紡みをしている姿にほっと胸を撫で下ろした私がいました。


そしてサパに代表される、外部から人が多く訪れ、観光地化され民族衣装を着る選択をした村。手仕事も残り、技術も色濃く継がれています。ですがやはり価値観はそれぞれ違うモノ。若い人たちは糸を紡むのを止めてしまったり、刺繍をしなくなったりと、手仕事が薄れゆくのを肌で感じてしまいました。


変わりゆく人々の暮らし。
急速な近代化。


止めることもできないので、彼らの文化を素晴らしいと思うことを、日本の方、現地の方へもフィードバッして、その文化を誇りに思って頂けたら幸いです。



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2016.10.25 00:03|旅行記〜ベトナム
帰国後、旅の写真を
展示会へ向けてまとめていた時、

プロジェクターで映し出す際の
バックミュージックで
良い音楽はないものかと
ベトナムの少数民族音楽を
探してみたらありました。


街中で竹製の笛が
ディスプレイされていて
その楽器が気になっていたので
そこから辿っていったらば
出会いました。


YouTube、シェアしますね。

https://youtu.be/zBOlsMfjtM0



村で録音したんだろうなと思わせる
子供の声とか、
滞在を思い出してしまって、
なんだか泣けてくる。

わたしにとっては、そんな音楽です。
2016.10.24 23:52|旅行記〜ベトナム
モン族のお家に泊まった翌朝。

ビニール袋に入れられた
緑米のスナックコメ。


半生でもちっとした変わった食感。
なんの味付けもしていないのだけど

これがまた
くせになる美味しさで♪


現地でその名前がわからないまま
帰国した後、


ベトナム料理家の方の公演を
横浜のベトナムフェスで聴いた時、

このお米スナックの話が出てきた。


青いもち米のコムというもの、だ。
あぁ、なんだかスッキリ。
話題が出た時、やったーな気分だった。

新米の取れる時期だけの
お楽しみらしい。


滞在のタイミングで食べられてラッキー


次も食べたいものが、
またひとつ増えました。



コムのことが詳しく書いてあった記事をメモ的に残しておきます。

http://www.vietnam-sketch.com/archive/cooking/dacsan/2004/05.html


2016.10.23 16:34|旅行記〜ベトナム





トレッキングの中日。
ちょうど天気も雨で、
1日刺繍ワークショップとなる。

レッドザオ族の刺繍は、それはそれは精巧で、美術品のごとく美しい。

前回ベトナムを訪れた時、このレッドザオの民族衣装がとてもおしゃれで、この刺繍はどうやって刺すのだろうと興味が尽きなかった。

念願叶って今回、刺繍を教えてもらえることになったのです。






私の先生。
1日つきっきりで教えてくれました。

レッドザオの刺繍は、
なんと、裏から刺していくのです。

裏から?あの精巧な刺繍を⁈と、
ただただ驚くばかりです。






これが、裏って。。。
信じられますか。


いざやってみても私は、
ちんぷんかんぷん。


先生が見本で刺してくれ、
引っくり返せば、ほら、
ちゃんと図案に。


信じられない。。。


しかも。頭の中で図案を描いて、
布の織り目を数えて、即興刺繍。

この細かい布目に
さくさく、すっすっと刺していく。

すごいんですけど!!!


今回私たちが教えてもらったのは、フラワーのモチーフ。

レッドザオの刺繍にはモチーフごとに意味があって、ちゃんとみんながそれを理解している。とっても知的な民。
近くに住むモン族は、みんなが知っているわけではなかったのです。


花や木、田んぼや両親などのモチーフで、先祖や自然を大切にしていることが、民族衣装のモチーフからも感じて取れました。

ますます素敵な、レッドザオ。


おのおの、新年に着る衣服を新調するために、ちくちく刺繍を刺している。
おしゃれ心満載で色合わせやデザインをしているの。
コットンの生地にシルクの糸でを草花で染めたり、色つきの既製品を使ったり、色々な選択がある。


この色で染めたこの部分が私は気に入っているのよ。とか、ほんと、おしゃれなんです。


新年に新調した衣服は、着古され、最後は販売され現金収入を得る手段になっています。



こだわりがあって、作ったものだから、ガイドしてくれた方は、一年かけて作ったのに、私ならそんな値段じゃ売らないわ!

そのひとことに、手をかけ作った衣服への誇りを感じました。

マーケットで値を下げ売ろうとする人もいるけれど、手仕事に誇りを持つザオの女性たちに今回たくさん出会えたのは、ほんとうにしあわせなことでした。


2015.09.20 17:31|旅行記〜ベトナム
今回のサパ訪問では、幸運なことに
少数民族の研究をしている方へ
ガイドをしてもらうことができました。

急速に移り変わり行くサパの街、
少数民族の暮らしについて、
私たちが感じたまま、聞いたままを
まとめておこうと思います。



まずサパに着いてすぐ
物売りの子たちがバスを待ち受けていました。


私たちにロックオンしたのは、
赤ちゃんを背負った若めの女の子。


日本人と分かれば日本語で
あいさつやコミュニケーションをとります。

売り物は、ミサンガやブレスレット。
魅力を感じる物ではないので
買う気もおきません。

こういうお金の稼ぎ方でない
別の方法があれば、と強く思いました。


そして、この物売りの
ひとつの要因であろう場面に遭遇。


モン族の村へ訪れた時、
ツアーの車が停まるや否や、
遠くからモン族の子供達が駆け寄ってきました。


ガイドさん曰く、この子たちは
学校へ行っていないそうです。

正確には、
親たちが学校へ行かせていない。
必要性を感じていないのだそう。

それは、
親世代が教育を受けていないから
教育の必要性がわからないとのこと。

少数民族に教育を与えるべく
ベトナム政府が立派な学校を作り、
無料で通えるのに。。。
(一般のベトナム人は有料)

非常にもったいない。
ガイドさんもはげしく憤慨していました。


最低限の教育を受ければ、
違ったカタチの稼ぎ方もできるのに。

ガイドやホームステイ受け入れのお家は
モン族の中でもリッチな方なんだとか。


モン族の貧困はベトナム国内でも
問題視されているそうです。


教育という部分でもうひとつ。
読み書き。


物売りしているおばちゃん達、
計算はできるけど数字が読めず、
電卓で数字を見せたらフリーズしていた。

そんな場面が多く目に付きました。


言葉も英語が話せる話せないで
大きく売り上げも変わってしまいそう。


こんな具合に、
コミュニケーション能力=生きる術。
教育と現金収入を得る力が比例しているように感じました。


あと、ハード面では、
5つ星ホテルが建設されたり、
街中もあちこち建設中だったり、
サパの観光産業に力を入れている様子。


そのための電力が必要で、
小さな村の近くにダムを建設。


その影響で村の建物の多くが壊れ、
山からの水も少なくなり、
その村は移転せざるを得なくなったという。


移転した村へ行く途中、
ダムの上の山は崩れ、
新しい道路の斜面も大規模に崩れ、
あちこちで山が壊れていた。。。


観光産業が栄えることと、
自然破壊は連動していました。


壊したくて壊しているのではない
それだけに残念です。


人の営みと自然の営みが
調和しているからこそ
美しいと感じるのに、ね。

開発が急速で大規模だけに、
その分自然へのダメージも大きいのです。



そして、
ガイドさんによると
5年くらい前までは欧米から、
昔ながらのサパの暮らしと景色を求めて
観光に来ていた。

けれど、少数民族の人たちが
安易な中国製お土産を仕入れて
どこでも同じようなチープなものを
売り始めて海外からの観光客が激減したとのこと。


メイドインChinaな土産物売りの
あの光景はほんとうにがっかりした。

こんなもんか。。。
そう思って、二度と来ないなんて
もったいない場所なんです、サパは。


こんなにたくさんの人が民族衣装を着ているのは、サパぐらい。

他の村では、普段は普段着の洋服を。
儀式など特別な日だけ、伝統衣装を着るのだそう。


だから、
いつでも民族衣装を着ている
サパはほんとうにすごいんだ!と
民俗を研究しているガイドさんは興奮気味に話してくれました。


誰にも評価されず、何百年もその伝統衣装が続いてきた。これもものすごくすごいこと。

自らの衣服を自給する暮らし。
その素晴らしい技術はもはや芸術の域。

村の人から見たら、それは日常的で
なんの変哲もないのだろうけど、

外から見た私たちにとっては
それがものすごく価値のあることで、
そのひとつひとつに感動すら覚えるのですから。


その事を伝えたい。
そして、行き届かない教育を、
手仕事と共に何か提供出来ないかと
すぐに紐付いてしまうのです。


たぶん、私たち。
モン族の人たちと一緒に何か作ると思う。


今回のパンツのオーダーは、
その始まりだと思っています。

よきことは良いと。


途中の山肌に同じ様な規格の家が
いっぱい建設されていたので
宿泊施設かと思ったら

ベトナム人のお金持ちや欧米人が
避暑地の別荘的な感じで購入し、
少数民族の女子と結婚して住むのだそう。

あーーーーー、
これも、現実。



ほんとうに今回の旅では
サパのいろんな側面をみた。
みれてよかった。


美しい景色や手仕事がある一方で、
急速に失われていく自然や伝統。



日本も同じような道を通ってきた。

今、自然を壊してまで発展を求めてきた歪みがいろんな形で表れてきている。


その最たるは、3.11。
多くの人が何かがおかしいと気づいた出来事。



発展という名のもとに、
みんなが同じ道をいかなくてもいい。


私たちが伝えられることを伝えていこうと思う。
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プロフィール

たけうちくりこ

Author:たけうちくりこ
自然をこよなく愛し、色*音*香りで自然を体現する森の人。ヨガで深めた意識と自然(森)が拡げた意識が交わる豊かな世界で、のびのびと生命のよろこびと共に生きています。
2008年にヨガの師であるニーマル氏と出会いヨガの道へ。2010年より森林保全の活動に関わり、自然とのつながりをテーマに草木染めを始める。染めて縫う手作り服ワークショップを定期開催。
消費から創造へと、暮らし方をリデザインする、いのちのがっこうを主宰。

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